ヒーリングセッションルーム
「光印寺癒庵 gwanin-sa iyashian」

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2009年01月12日

当庵の奇跡3

まだまだ夏まっさかりの昨年9月初旬、スタッフ李弥が家族旅行のため数日休むことになり、「さて明日からどのように仕事をこなすか」と思いあぐねている時でした。

李弥を手放せ

予想もしないマスターからの言葉でした。突然に降ってきた決別の言葉をなんとか脳裏から追い出そうとしましたが、湧き上がるビジョンや言葉は彼女自身が当庵で勤める前に口癖のように言っていた事柄。「うちで一緒に働きませんか?」との拙僧の誘いに彼女は、「近々ナース復帰して、自分の分野を極めるために上京しようと思っているので長くは働けませんがいいですか?」と答えました。多分9月までしか働けないでしょう、と。それでもいいと拙僧は答えました。そして共に働くことに。
しかし、そう宣言した彼女の計画は翌月にはもろくも崩れ去ってしまいました。それでも今年の5月には退職を決めていましたので、その時は快く送り出してやればよいと考えました。

李弥は上京すると宣言し、それは9月と言った

そう。我々が崩れ去ったと思っていた彼女の計画は、彼女自身が想像した現実とは少し形を変え、我々が気付かないうちに自らの選択で既に実行されていたのです。「上京」は家族旅行という形で実行され、そして「上京」を果たした後、「退職」が次なる実行だったのです。
もちろんこの時点で気付いたのは拙僧のみ。言わなければ彼女は来年の5月まで留まってくれるだろう。それに別に今辞めたいと彼女が望んでいるわけではないし。
様々な考えが交錯しました。

今を共有してはいるが、いずれ別れは来る。
それは李弥とお前の求める世界は異なるからだ。


この言葉で全てを悟りました。己が生業としている役目は何か?
それは拙僧がスタッフに常日頃指導し、お客様にセッションを通して行っていること。
『ホリスティック』
完璧に訪れているシンクロニシティを伝えることが全てである、と。

そうして9月末日。スタッフ李弥は当庵を卒業。
この動きを受けて、スタッフ明來婀の卒業も近いことを感じた。
11月下旬、明來婀、卒業。体調を崩したのをきっかけに、本来の整体師の道へ帰っていきました。

現在、がらんとした部屋を眺めながらここに至る道は全てが完璧だったと気付き始めています。
大山時代、拙僧は「この移転は、養成したヒーラーのためのアンテナショップとなる流れであり、自分自身においては“寺”としての流れである」と宣言しました。それを証するかのように、導かれるように入った山奥の不法投棄物の中から仏像を拾い上げる。そしてそれが9年前、この道に進む少し前、勤めていた会社の壁にくっきりと立つ金色の影の正体であったこともこの時理解しました。それでも尚、この流れを疑い続ける拙僧に追い討ちをかけるように、久志観音堂裏から朝日を受けてキラキラと金色に輝く蛇の皮を丸々一本発見。「脱皮」という言葉がスタッフの突然の卒業と、何より古い自分を脱ぎ捨てろと言われているように脳裏に鳴り響きました。


『光印寺癒庵』

その名に寺と庵が入るのは、ここに僧侶が在り暮らしている証。
だが、教え導くための宗教の僧侶ではなく、“生き方”としての僧侶。
職業としての僧侶ではなく、仏教の要が“空(くう)”であるが故に
そこへ“共に成ぜんこと”を目的とした僧侶。
なまぐさでいい。外道でいい。どうせ枠に嵌る事は拙僧には出来ない。
だからお客様も含め関わる人全てに対して枠に嵌めることは出来ない。

セッションがユタ、占い、神事、供養etc...どのように受け取られても、お客様が少しでも癒し解放されるのならそれで幸せなのです。そして満たされるのなら尚更に光栄なことであります。
拙僧はこれからも僧侶らしい仕事をしません。
仏教をもって教化することもしません。
しかし、自分自身の心の糧が仏教であり続ける限り自分自身は学び続けます。
納得の行くまで仏教を追い続けるでしょう。
その学んだことが自然と立ち振る舞いに滲み出す頃にはきっと100歳を超えているのではないでしょうか。
それほど奥が深く、到底人間の一生、ましてや拙僧の浅い一生では悟りえるものではないと知っています。
何か悟ったと言えることがあるならば、このことを知っていることがきっと今世最高の悟りではないでしょうか?

これからもお客様との関わりを通して、成長して行きます。
時にはお客様のご希望に添えないこともあるかもしれません。
その時はきっちりとその想いを受け止めて次回のセッションにしっかりと繋いで行きたいと思います。


吾が御霊 成ぜんことを
オン ノウマク サマンダ ボダナン バク



合掌





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当庵お勧めの「イージーリスニング」CDをご紹介しています。
題して『音(温)泉』。
ゆったりと癒されたいひと時、
耳元で静かに流れる心地よい音楽に浸かって下さい。 
正に心の薬湯です。

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